「お!おかえりぃ」
無表情で出迎えた神は真っ白なフリルのエプロンを着て湯豆腐を茹でている。
「…何してんの。」
「見てわかんない?湯豆腐だよ。豆腐って知ってます?」
「知ってるわ!つーかそもそもそれ俺が朝飯用に買ったやつな!!」
「翔ちゃんって絹派なんだねー。俺木綿派。」
「聞けえーーーーーい!」
目の前にちゃぶ台があれば絶対にひっくり返していたのに。と櫻井は思う。
疲れている櫻井は更に疲労を増加させている。
その様子を見て神はコンロの火を止め、櫻井に向き直る。
「結構頑張ったじゃん。よくやったよ、翔ちゃんのくせに。地球のためにありがとね。松本潤みたいにきっぱり諦めれば?」
「…!俺は…!俺は、地球とかそんなんどーだっていいんだよ!そういうの抜きにして、大野さんのこと本気で好きになったんだ…。」
そう顔をしかめる櫻井に、神はニヤリと笑う。
「そうこなくっちゃ。なら、今自分に出来ることをしなさいよ。」
「…出来ること…?何だよ?」
「はい、次の任務を発表しまーす。じゃかじゃーん。
国分部長にぃ、人参嫌いを克服させろ〜!」
フリルエプロンからにんじんを取り出し掲げる神。
「え、何でドラえもんの道具出る時風の言い方してんの。」
「雰囲気だよ。ポケットから出すと言ったらこの世界ではドラえもんなんでしょ?」
「なんでしょって言われても…。つーか人参とか絶対関係ねーじゃん。」
「関係あるね。嫌いを好きに変えるの、どれだけ大変かわかってんの?それくらい出来なくて人の心変えられるわけないでしょーよ。」
神は人参を宙にくるりと投げ、キャッチする。
「…なるほど…。ん?なるほどなのか?」
櫻井は首を傾げる。
神はクスリと笑って人参を櫻井の手に渡す。
「あの人をオトしたいならそれくらいしなさいってことですよ。」
「…わかった。関係あるかないかは置いといて、大野さんへの足掛かりになるなら…やってやる!」
櫻井はニヤリと笑いながら神と同じように人参をくるりと宙に投げる。
そして直後ゴトンと床に落ちた。
慌てて拾い上げたらもう神はいなかった。
「ねぇ櫻井くん。飯行かない?」
翌日、突然二人で昼食に誘ってきたのは国分の方だった。
二つ返事でOKしてついていく。
「この前は…ありがとね。隣の会社の、松岡さん。」
国分は定食屋に着くなり、そう頭を下げた。
慌てて「そんなこと!」と止める。
「結構さ、好き勝手言っちゃって周りの人傷付けること、よくあるんだ。悪い癖なんだよね。直さないとって思うんだけど、なかなかね。」
国分はばつが悪そうに鼻をかく。
「そういう人にね、偏見があって言ってるわけじゃないんだ。だけど…その場のノリで色々言っちゃうからね。気をつけるよ。取り持ってもらっちゃって悪かったね。」
「いえ、俺は別に何も……。松岡さんもわかって下さったみたいですから、きっと大丈夫ですよ。」
「うん。挨拶してくれるようになったよ。ありがとうね。」
国分がニコッと笑うと、タイミングよく肉じゃが定食がコトンと国分の前に置かれる。
櫻井には煮魚定食だ。
「改めてちゃんとお礼言いたかったんだ。」
ふぅと息を吐き、「いただきます」と食べ始める国分。
味噌汁の蓋を開け、そこにおもむろに人参を取り始める。
「……人参、嫌いなんですか?」
「あ、そうなんだよねー。昔っからダメ。」
「具体的にどういう所が!」
櫻井は食い下がる。
「え…えーと、味?とにかく無理なもんは無理なんだよ。嫌いって思ったらもう理由とかなくてもダメなもんじゃない?」
なるほど、と呟く櫻井。
…よし。
絶対にこの人の人参嫌いを克服してみせる…!!と櫻井は決意する。
「部長!一口食べてみましょうよ!長年食べてないんですよね?今ならいけるかもですよ?」
「えーーナイナイ。」
「とりあえず一口だけでもどうです?」
「あのね櫻井くん。人には譲れることと譲れないことがあるの。わかる?それをいきなり『大丈夫だから!』って言われてすぐ信じられるわけないでしょう?」
国分に論破され、櫻井は「ですよね…」と項垂れた。
「どしたよ櫻井。辛気臭い顔して。」
「あ、堂本先輩〜…」
堂本先輩はキラキラ王子様のような風貌をしいるが、結構闇の深い人だ。
簡単に言うとひねくれている。
因みに、生田と『ミラクル』…つまりは相葉くんを狙っている一人。
「国分部長に人参嫌いを克服させたいんですけど、上手くいかなくって…。」
櫻井はハァーーとため息をつく。
「国分さん?何でお前があの人の好き嫌いでそんな引きずってんだよ。」
「どうしても…良さをわかってもらいたくて。」
言うまでもなく、櫻井の脳裏には大野が浮かんでいる。
自分の良さを分かって欲しい。
諦めないでほしい。。
「そりゃお前、ダメだろ。嫌いなもんをいきなり好きになれるわけねぇじゃん。」
櫻井が堂本の言葉を待つように顔を上げる。
「まずは、可もなく不可もなくの状態にさせんだよ。そっから少しでも興味を持ってもらえたらこっちのもん。だろ?」
キラキラの笑顔を向ける先輩に、櫻井は眩しさすら感じた。
「…可もなく不可もなく……。」
「まずは『あれ、不味くはないんだ』って思わせることが先だ。」
「…なるほど!ありがとうございます!!」
礼も途中に、櫻井は慌てて飛び出していった。
「…アイツまさか国分さんのこと…?」
背筋をゾッとしたものが走った堂本だった。
)