【Side 櫻井】
「翔ちゃーん♪おっはよー♪」
教室でぼーっと座っていたら、とびきりの笑顔で背中を叩かれる。
「…おはよ。」
残念ながら俺は不機嫌極まりない。
「何でテンション低いのー?!」
「…何でお前こそそんなテンション高ぇんだよ…。」
ため息をつくと、雅紀はにっこり笑う。
「そりゃ、恋人出来たから!」
その一言に思わず「はぁっ?!」と大きな声が出た。
広い教室で声が響き、注目されてしまった。
特定を作らないポリシーのあった雅紀が、恋人だなんて…。
ふと、昨日の地味男のことが思い当たる。
「……おま、まさか…昨日の…?」
「うん、カズと寝 ちゃった!」
ピースしながら満面の笑みで恐ろしいことを報告された。
「うっ…そだろ?」
大きな声を出しそうになり、慌てて声を絞る。
「ホントだよー。いやー可愛すぎて死にかけた。朝からシ ちゃってさーもう最高!」
「ま、マジで?…どうだった?男。」
「そりゃ……噂通り。絶対オンナノコには戻れない。」
ニヤッと笑う雅紀。
「……おぉ…マジか…。」
あの男と雅紀が………ダメだ、想像出来ね。
したくもねぇけど。
「で、どーしたの?」
「あーー…めっちゃ気になる奴見つけたんだけど、声かける前に帰っちゃって。」
「あ、童顔グラビアの?」
「え?あー、あれね…据え膳をちゃぶ台ごとひっくり返してブチギレられた。」
「ええええ?!もったいな!!あのコより上玉がいたの?モデル?セク シー女優?」
「…いや、そーゆーんじゃねんだよなぁ…」
雅紀が首を傾げて不思議そうにしていると、講師が入ってきて話は中断した。
「続きはサークルで!」
こそっと耳打ちされ、眠い眠い講義が始まった。
俺達は軽音サークルに入っている。
とは言ってもそんな真剣にやってるものではない。
週に2回程度の緩いサークルだ。
モテたい奴らが集まってきてだらだらとやってる、そんな感じ。
「…翔ちゃん、荒れてんねぇ。」
だから俺が一心不乱にドラムを叩くのを見て、雅紀は勿論、他の奴らもビックリしてる。
「翔くん、何かあったん?」
マルが不安げに雅紀に耳打ちしてる。
一年後輩のくせにタメ語で話しても嫌味じゃない、若干めんどくさいけど面白い奴。
「ウサギちゃん捕まえるの、失敗したみたい。」
「あらら!翔くんのともあろうお方が!なんてこと!」
大げさに片手を口に持っていって驚くマルが横目で見える。
うるっせぇなぁ!全部聞こえてんだよ!
四肢全てを使って奏でる軽快なリズムは、嫌なことを忘れさせてくれる。
何がそんなに嫌なのかわからないけど。
一目見て思ったんだ。
『こいつを見つけなくちゃいけない』って。
何故かは全然わかんないけど、それが運命的というか必然的というか。
そういう見えないものを感じて、でも見つからなくて。
せめて名前がわかれば……。
とりあえず満足するまで叩き、溜息をつきながらドラムのスティックを置いた。
「…松本のダチのダチ…っつってたっけ。なんだっけ、にの…?」
「ニノ?」
独り言が聞こえたらしくマルが声を上げる。
「…え、知り合いにいんの?」
「えーマルがウサギちゃんの友達知ってんの?すごいじゃん!」
「わからんけどね、同じ奴かは。でもニノって呼ばれとる男の知り合いならおるよ!」
「どんな奴?」
「んー…確かダンス教室でバイトを…」
「そいつだ!!!」
「え?!そーなの?!運命じゃん!何それすげー!!マル、ナイス!!」
「マル、そのダンス教室わかるか?」
「うん、わかるで。そんな遠くないよ。」
「連れてけ!!今すぐ!!」
「俺も行きたい〜っ!行こ行こ!」
「…え…サークルは…って置いてかんといてよ〜!待って〜!!!てか俺しか行き先知らんのに先行くって何なん〜?!」
ダンス教室の最寄り駅に着く。
「なつかし…」
昔家族で住んでた駅だ。
小学生時代に引っ越した以来、一度も来ていないその駅は結構変わってて。
薄暗くなり始めているけど人は多く、ざわざわしている。
弾き語りをする人、怪しいアクセサリーを売る人、似顔絵を売る人。
そういうのが点々といる、自由な街。
その雰囲気は…変わってない。
「こっちやで!」
マルについていこうとすると、小さく聞こえるある声に足を止める。
雑踏の中確実にそれは俺の耳に届き、ドクンと心臓が大きく鳴る。
「…まさか…」
ありえない。
わかっていても震える足はその声を向く。
翔くん!と遠くでマルや雅紀の声がしたが、俺の意識は完全にその声だった。
歩道橋の下、影になったところで歌うその人に一歩一歩近付く。
人はまばらで、立ち止まっている人なんてほとんどいない。
キャップを目深に被り、ギター片手に歌っているその人の声は、記憶の中の声にとてもよく似ている。
『よく似ている』と表現したのは、あまりにも昔だから。
小学校の低学年時代のことだから、記憶は曖昧で、正直顔もよく覚えていない。
覚えているのは、名前と、声変わりする前のその透き通った声位だ。
目の前の彼のその声は『とても似て』いた。
そしてその声で歌ってたんだ。
ボブ・ディランの“Blowin' In The Wind”を。
「…さと、し…くん……?」
思わず呟いた声は、後ろから追いかけてきた雅紀とマルの声にかき消された。
「あれ?カズ!!何で歌ってんの?!」
「あ!あのキャップがニノやで、翔くん!!」