昨日の夕方からバーゲンに出かけました。
定番のユニクロのヒートテックお一人様限定5枚企画はすぐになくならないと踏んで、空いてる夕方に行きました。
並ぶことなくスムーズにゲットです。
今日はお気に入りのお店のバーゲン初日で、良いものをお得に手に入れたいという欲望から、朝から活動しました。
レジに並ぶだけでも約1時間…人混みのせいか頭痛がひどくなりお昼には撤退です。
でもしっかりゲットしました?(?????)?
年末なんとなく家に帰る気がしないのは昔からでした。
よく友達と海外旅行に行ったり、カウントダウンに行ったり、初詣に行ったり…なるべく家に帰らないようにしていました。
その原因は父にあります。
まず年末は父の機嫌が有馬記念の勝敗に左右されるのです。
私の記憶がある限りほとんど負けているので、常に機嫌が悪いわけです(笑)
久しぶりに帰省すると1日目は良いのですが、2日目になると母が私が好きなものを買ってきたり、作ったりするのを見て父は不機嫌になってくるのです。
母の注意が自分に向けられないことが嫌なのです。
こんな実家なので、初めての出産は不安がありましたが、里帰り出産の方がもっと不安でした。
家に年老いたモンスターベイビーがいるのです。
気が休まるはずがありません。
昔は手のつけられない暴れん坊だった父ですが、脳梗塞になってから足腰が弱り、今
はちゃぶ台をひっくり返したり、家を破壊する事はさすがに無くなりました。
昔は旅行に行く時、高速道路を走っていると後ろからパッシングするクルマが近寄ってくると、相手の行き先を阻み相手を路肩に止めさせ、無謀な追い越し行為を謝らせていました。
恐れて降りてこない場合は引きずり出していました。
(最近ニュースでこれも問題になっていましたが、30年以上前からやっていました)
行く道中から、目的に無事たどり着けるのか常に不安でした。
なぜ父のようなモンスターが生まれてしまったのか……
その歴史をたどるとモンスターの母、私の祖母の存在に辿り着きます。
また後ほど詳しく書かせてもらいたいですが、簡単に言うと祖母はとある宗教にどっぷりハマり、父はギャンブルにどっぷりハマっていたのです。
ちなみに私は祖母や父に顔がそっくりで、そちらの血を強く受け継いでいるのではないかと思っていたので、
「一体私は何にどっぷりハマってしまい人に迷惑をかけてしまうのか…」
という恐怖が年頃の私につきまといました。
祖母は私が中学生の時に亡くなりましたが、高校生の時に犬の散歩をしている時、近所の痴呆症のおばあさんが私の顔を見て、
「あさへさん…?」(??大正生まれの祖母の名前)
と話しかけてきました。
「私は孫ですよ。祖母は数年前に亡くなりましたよ。」
いったいいくつ違うと思っているの…?
と思いましたが、それほど若い頃の祖母に似ていたということでしょうか。
痴呆症のおばあさんも、私の顔を見て当時の記憶が鮮明に蘇ったのかもしれません(笑)
とにかく私は祖母と父が創り上げた暗黒の歴史に幕を閉じることを誓いました。
ドイツの鉄血宰相と言われた政治家ビスマルクは
「愚者は経験から学び、
賢者は歴史から学ぶ」
という名言を残しています。
私も歴史から学びたい、同じ過ちを経験したくない、と強く思いました。
ある本に書かれていました。
親がアルコール依存症、ギャンブル依存症など問題があったとしても子供が選ぶ道は二通りある。
「親がそうだったから自分も同じようになってしまった」
という人と
「親がそうだったから自分は苦労した。だからそういう人を救える弁護士になりたい。」
という人。
私は後者になると誓いました。
私の好きな「7つの習慣」や、「アドラー心理学」は、人生は遺伝子や、環境、トラウマなどに支配されるものではないと教えてくれました。
人は先天的な要素で決まらない、後天的な要素、「考え方」や「行動」で変われると…
劣等感の塊だった私は、仕事をがんばって社会的に認められることに力を注ぎました。
変な物にハマるよりも、仕事にハマる方が絶対イイと思っていました。
なんとなく自分に自信がついて、経済的にも自立して、そろそろ結婚しても大丈夫かなと思えたのが30代半ばでした。
私も兄も遅くまで結婚しないのは、少なからず父の存在がハードルになっていたと思います。
前の結婚が破談になったのも、顔合わせの時の父の悪態が一因になっている気がして、いざ結婚の話がまとまろうとすると臆病になっていました。
ネズミ男に究極の質問をしました。
「もし私が北朝鮮の工作員だったらどうする?それでも結婚できる?」
「…できるね。関係ないよそんなの。」
その言葉を聞いたとき、やっぱりこの人に間違いない!と確信しました。
父は金正恩よりはだいぶマシな人です(笑)
この言葉でだいぶ安心しました。
私たちはお互いの親に紹介する前に入籍しました。
誰にも邪魔されたくなかったのです。
何人もお見合いさせられ、その中からなんとなく父を選んだ母は、私がなぜ父と結婚したの?と尋ねると
「本当はまだまだ結婚なんてしたくなかった。あの時代は早く結婚することが当たり前で、そうするしかなかった。結婚すると人生は180度変わってしまうよ。」
と言いました。
子供としては、結構ショックな言葉でした。私は将来子供に聞かれた時そう言いたくはないと思っていました。
だから…
2人だけの意思で決めることができて嬉しかったのです。
「自分の殻から飛び出す」ための
古いパターンを手放し、「新しい何か」を出現するための
ヒマラヤンエンハンサーズのフラワーエッセンスのトランスミューテーションの体験の感想2です。
昨日、思いついて書いたらば、反応頂き、嬉しい限り♪
フラワーエッセンスで人生の道案内・虹の花・あさいりえこ です。
フラワーエッセンス仲間の方が、
「トランスミューテーションを摂った後、私も、ますます制限が取れた」
ってフェイスブックにカキコしてくれたしね〜♪
グラガと違い、このエッセンス、どういう風に反応するか、あまり、わかってないから、やっぱり〜、そ〜なのか〜って思いました〜♪
でも、不思議ですね〜
私記事を書く時、チェックするのに時間がかかります。
だから書くのは好き、だけど時間かかるから、ブログ書くのが面倒になってきてました。
そんなこともあり、書く頻度落ちてました。
でも、昨日の記事は、ノリだけで書いたから、私にしては、時間がかからずにかけた記事。
なのに、今までで一番、嬉しい反応を頂けました。
今までも、個別に、感想は頂いて嬉しかったのですが。
これって、人生、頭で考えるより、気分が良い方を選ぶ方が上手くいくな〜と思ってたのに、ブログを書く時だけ、してなかったんだってハタと気が付きました。
なるほど〜
ブログ書く事さえ、枠を外せって事ね〜
さて、トランスミューテーションを摂った感想2です
う〜ん、苦しい
今日も、フェイスブックに書いたけど、「さなぎから蝶」に変化する、蝶の羽を貰った感じです。
今まで毛虫で地べたを張っていたのに・・・
せっせ・・・
まあ、まだ蝶になっているかどうかわからんですが。
でも、すくなくとも、さなぎの殻を脱ぎ捨ている感じです。
あ〜すっきり!
あ〜窮屈だった。
外から帰ってきて、靴下脱いで、畳に大の字に寝る感じ♪
で、それだけでなく、その窮屈だった原因って、別に、他人が私に強制したもんじゃなかったってのも、頭だけでなく、体で、わかったの。
うちの親は、考え方が自由な人達だったので。
教養はなかったけど。
(まあ、おっかなかったし、子供の事を褒めない親だったから、それが私の頭の中の番人を創る原因の始まりだったんだけど)
教養ない親が嫌いで、学生時代、私は両親みたいにならないって、ひたすら本を読んだんだ。
で、なんでも頭で、決める人になりました。
そしたら、私の頭の中に、番人が住むようになり、私の事、いつも叱るのです。
この番人って、私が創り出したのに、私が、この人の子分になっちゃったわけ。
子供の頃からなんで、うん十年、そんな生き方してたわけ。
エッセンスを知ってから、窮屈な原因、私の親分、頭の番人は、私の作り上げた「エゴ」とか、「信念」だって、仕組みも解ってきたんです。
そういうのがあるということが分ると、知らないよりは、ずっと、ましです。
なぜって、対応しようと、努力できるので。
でも、なかなか全部、取れないのよ〜
台所の油汚れみたいに!
努力すればするほど、取ろう取ろうと考えるほど。
油汚れは、取れるだろうけど・・・
でも、最近、
本当に、ほんとうに、ほんとに、ホント、ホント〜〜〜
いやんなっちゃったよ〜!!!
いやなんだい!!!
いやだ!!!!!
うるさいんだよ、お前!
と自分の番人に言えたわけ。