ちゃぶ台 それは、人と神の物語
何だろうね、この、
しみじみありがたくて幸せな、あったかい時間って。
と、最近常々、深々と、思います。
先日11/2のイベント
(急きょ決まった、川棚のおてつだいサービスま心さんでの「笑いヨガと野草ローション作り」のイベントでした

あいみさんとのコラボイベント

)
も、そうだったのですが
最近、私が感銘を受ける方々は、
ひとつひとつ、日々を
「丁寧に生きる」
を、されている方だなということに、
先日気がついて。
何だかとても素敵だなって。
とてもとても。
私はどちらかというと、
かなり大雑把に生きてきた気がするし、
自分自身、そういうタイプだと思ってきたけれど
もしかしたら違うのかもしれない、と
ふと思ったのです。
それは、丁寧に感じるすき間を
自分に与えていなかっただけなのかもと。
ひとつひとつのいのちが持つ輝きを愛でたいとか
(それこそ、宝石のように)
なんかそういうのが
私は実は好きなのかもと少し前に気づいて
あーそっか、だからか、と
自分を振り返って思い当たることもあって。
みんなが好きなんだよね、と、
以前言われた言葉が、
やっと自分でも「あ、そうなのかも」と 笑
そうなんだよね。
たとえ苦手な人でも
どうしても多方向から見てしまうから
嫌いにはならなくて
そういう面もあるんだね、みたいな
でもこういう面もあるよね、とか。
何はともあれ何ていうか、
ほんと日々、いい時間を過ごしているなぁと
幸せだなぁと、しみじみ。
あたたかさに泣けてくるです。
このイベントでも、あいみさんお手製の
手が込んだ
(だってリジュベラックで下処理してるとか!丁寧すぎてほんと泣けます(´°????????ω°????????`)


)
野草ローションも作れて
お野菜たっぷりで、手作りの
美味しいご飯もいただいて
久々に笑いヨガもして
あやこさんは、暑い中
みんなに会いたくてって歩いてくるし
お土産に、たーーくさんの美味しいちまきまでいただき
思わず思い返して、
何かあったかすぎじゃない?
すごすぎない?この贅沢さ。
と、ぼーっとするくらい、
しあわせでした(*´ω`*)

子宮ヒーリング, 菌さんヒーリング, ルーン, からだ取説リーディング, セッションなど
癒しと手しごと、好きなこと・できることしながら、生きてます(*´ω`*)
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小中賀子関連イベント情報
ちゃぶ台三葉さんで【SS健康法】体験しちゃおう会♪
日時: 2017/11/10(金) 11:00ー16:00のお好きな時間にお越しください
場所: ちゃぶ台三葉さん(長崎県東彼杵郡東彼杵町彼杵宿郷195-1)
体験費: 2000円
お申込:当日ご参加okです
気軽に美味しく菌活を楽しむ♪万能発酵調味料ひしおと、菌さんのすごさを知って活かせるようになっちゃうお話♪
日時: 2017/11/11 (土) 11:30ー14:30
場所: ちゃぶ台三葉さん(長崎県東彼杵郡東彼杵町彼杵宿郷195-1)
ご参加費: 初回3500円(麹&ひしおランチとお土産付)、再受講1000円(お話のみ、ワンオーダー制)※ひしお販売もあります
お申込:dunek7☆gmail.com(☆を半角@にご変更ください)
【第4回】自分の取説読み解きお茶会
日時: 2017/11/29(水) 12:00ー15:30のお好きな時間にお越しください
場所: ちゃぶ台三葉さん(長崎県東彼杵郡東彼杵町彼杵宿郷195-1)
ご参加費: 初回2500円、2回目以降1500円(ちゃぶ台三葉さんで別途、お好きなものをご注文ください)
お申込:当日ご参加okです
イベント出店
日時: 2017/11/19(日) 10:00ー17:00
場所:東長崎タマホーム展示場(長崎県長崎市古賀町867?1)
お申込:当日ご参加okです
ちゃぶ台三葉さんで【SS健康法】体験しちゃおう会♪
日時: 2017/11/22(水) 11:00ー16:00のお好きな時間にお越しください
場所: ちゃぶ台三葉さん(長崎県東彼杵郡東彼杵町彼杵宿郷195-1)
体験費: 2000円
お申込:当日ご参加okです
SS健康法・伝授会&体験もできます♪
日時: 2017/11/25(土) (体験)11:00ー,(伝授会)13:00-14:30
場所: たまゆら(長崎県東彼杵郡東彼杵町中岳郷417-1)
伝授:6000円、体験: 2000円
お申込:dunek7☆gmail.com(☆を半角@にご変更ください)
たまゆらマルシェ&テネモスお話会
日時: 2017/12/3(日) 11:00ー17:00
場所:たまゆら(長崎県東彼杵郡東彼杵町中岳郷417-1)
お申込:当日ご参加okです
ほっとする、軽くなる(*´ω`*)【 感じるさろん 】
日時: 毎月第3(水曜&日曜)13-15時
のんびり、和の個室で、安心してお話いただける空間作りを心がけています
※ご希望の日時で、1名様より、個別のお話も可能です。お気軽にお問合せください
場所:【長崎県東彼杵町中岳郷】たまゆら内サロン
ご参加費:初回2,000円、2回目以降3,000円(1-2時間程)
お申込:
夫婦でブログしています

話題のちゃぶ台はコチラのサイトで
市場前駅です。
この近くで働く男性。
そうです!
ここにいる人に心奪われました。
この方…
セクシー

男っぽくて

何と言っても
この腕の持ち主は…
古田新太さんが出てくるだけで、
まだセリフどころか
一言も声を発する前に……
お芝居でここまで
シリアスなシーンや
激闘の中にあっても
古田新太様の存在が……すてき。
いや
「髑髏城の七人」
ここでロングラン公演される
劇団☆新感線さんもすごいし
脚本の中島かずきさんも
すごいのだと思った。
演出 いのうえひでのりさんの
頭の中、何を見て、何を聞いて
この演出をされたのか!!!!
見られる方には絶対に見て欲しい
新しい技術と
製作スタッフと俳優陣の感性と
エネルギーが
ぶつかった新しいエンターテイメント
でも、古田新太様

好き
大好き

ちゃぶ台シンクロヒーロー
◎ 女性の観点をー新せよ
◯ 男性に頼りすぎるな
多くの女性の方は、生活を男性に頼り過ぎていられます。男性に頼るな、と申しましたら、女尊男卑になれとか、女性が生活を独立させて男性に楯つく如くお考えになるならば、それはまちがいです。
女性が経済生活にいつでも独立し得るということは、女性が男性に戦を挑めよということではないのです。それは、女性よ、今より多く男性と愛それ自身において(経済的理由でなしに)伴侶となれということです。
女性に経済的能力が独立したら、女性が直ちに男性に反逆するように考えるのは、女性が現在男性に愛情を示していることを、女性に経済的能力がないが故に、止むを得ず男性に愛情を示していると解釈していることになります。皆さんはその解釈では満足せられないでしよう。
◯ 妻とは経済のために愛情を売る生活ではない
女性が自分みずからに経済的能力がないために、男性に愛情を示していると考えるならば、女性は経済のために男性に愛情を売っているのだと承認することになるのです。
これでは妻というものは経済のために愛情を売る生活―売笑婦の生活になってしまうのです。
今でも経済生活のために、女性一人では生活が心配であるから、何処か男の家に片づきたいと考えている女性がたくさんあるようです。しかし、これでは女性が女性みずからを侮辱し、女性みずからを縛っていることになるのです。
「片づく」などというような言葉で、結婚することを呼ぶのも経済生活上、娘を品物のように片づけようとー般世間が思っている心の反映です。
男性にとっての第ーの幸福は、自分が女性の心を純粋に掴んでいるという自覚です。
妻である女性が、経済的な功利的観念から、生活手段として自分に愛情を示しているのかも知れぬ、という疑いのある程、男性にとって不安な不愉快な家庭生活はないのであります。
家庭生活の長い期間には、時たま、夫婦喧嘩をした時などには「もし私の経済生活が独立しているならば、こんな良人には世話にならないで、家を飛び出してしまうのに」とお考えになる奥様もおありでしよう。
飛び出したくなっているのに、経済生活が独立していないために、止むを得ずに良人に隸属しているような奥様をもっている良人ほど不幸な者はありません。
つづく
谷口雅春 著 「女の教養」から
* この本は昭和41年に発行されていますので、当時の奥様達の年齢は大東亜戦争が始まる以前の御生れでしょうから、働いている奥様達は少なかったでしょうね。私が現役の頃も女房に働かせるのには抵抗がありましたね。まだ子供が小さかったし、働けませんでしたがね。今は、夫婦で働かないとやっていけないようで、逆転している家庭もあるようで!笑!
◎ すべてを癒す道 (藤原先生)
つづき
◯ 大声で泣いて神経痛が消える!
「おばあちゃん、今あなたはまじめなやさしい好い人だと思って結婚したといわれましたね。それではあなたは、ご主人が好きで結婚したのではなく、まじめでやさしそうだから、またかたそうな人で浮気なんかしない人だろうと、あなたにとって都合のよい条件だけを数えて、これならまちがいなかろうと決めて結婚したのですね。
それでは、人間との結婚ではなく自分に都合のよい条件と結婚したことになりますね。
人間の求めているものは、肉体やお手伝いの代用品ではありませんよ。真に求めているものは、誠であり、愛情ですよ。肉体的なサービスや奉仕なら、サービスの専門のホステスや売春婦の方がよほど上手なはずですよ。そんなのは遊びであって生活ではありません。
また身のまわりの面倒やお世話なら、気の利いたお手伝いさんの方がよほど上手にします。夫婦というのはそんな形式や方法ではなくて、真心であり、愛情であります、そんなつとめが万全に出来たからといっても、肝腎の愛情が欠けていたら、何の足しにもなりません」私はおばあちゃんに話しつづけました。
「前日に夜ふかしして、朝寝坊してあわてて、火をおこし、大急ぎでごはんの仕度をして、ごはんの火蒸し加減やお汁の冷め具合がわるくてちゃぶ台をひっくり返してだまって出ていかれて悲しくてくやしくて゛ずいぶん、わがままな人だ、短期な人だ゛と思い、これではこの先が案じられる。今のうちに逃げ出した方が得策だと考ええたといったでしょう。
でも子供が出来ていることに気付き辛抱し、いた方が得策だと考えて逃げ出すのをあきらめたといったでしょう。
その一言でもわかるように、はじめからあなたはご主人とは結婚しておられなかったのです。お子様があったということは、たしかに肉体的には結婚しておられた証拠でありますが、心は別れておられたのですよ。いわば心のない。形だけの結婚ですよ。
ご主人はあなたに本当の妻になってもらいたかったのです。生命の、魂の、夫婦を願っておられたのです。
あなたは世間体や形では奥様になっておられますが、心では奥様になっておられない。一緒にいた方が都合がよいから、形だけの協同生活者であったのです。まるで人形ではありませんか。ママサン人形であります。人形では冷いでしょう。冷い人形を『家内でございます』と世間をあざむき、自分をあざむき、相手をあざむきして、だまし続けて暮さなければならないご主人の淋しい心の中をちょっとでも察して上げたことがありますか。
ちゃぶ台をひっくりかえされたのは、あなたはごはんの加減やお汁の加減であるといわれますが、それはちがいます。
本当の愛情のある、まことのある妻になってもらいたいと切実に求めておられるのに、あなたは『そんなことはどうでもよい、やさしくしてかわいがってくれたらそれだけでよろしい』と求めることや、奪うことばかり考え、尽くす喜び、捧げる喜びをしらない。
その淋しさやイライラしたうっぷんが溜り溜っているのがごはんとかお汁とかの不加減が縁となって爆発していただけのことです。お天気でも、ザァーッと雨になって降ってくるのは、平常のお天気のよいときに太陽の熱で海や川の水が水蒸気になって蒸発して空にたまって、雲になっていたのが気温の変化によって大雨になるのです。
雨が降ったときにはじまるのではなく、平常に準備が出来ているのです。それがたまたま何かの縁によって、形にあらわれるのです。それはお天気の日に、誰も気付かぬうちに、ちゃんと雨の用意が出来ているように、誰でもまちがっているとわかってまちがっている人などありませんよ。
しらずしらずのうちに本当でない心、利己主義の心で相手から奪うことばかり考えているときにみんな用意せられ、ある時期がくると爆発するだけなのです。
それを知らず、冷い人だ、わからず屋だと逆うらみしたり、憎んだりすることはとんでもないまちがいですよ。ご主人がどんなに淋しい想いですごしてこられたか、どれだけあなたに、切実に求め続けてこられたことか、それが今孫のような年の若い妾を人目をさけながら囲って、どんなつらい想いをしておられることか。誰でも老後は、夫婦仲よく息子や孫に囲まれて、庭の手入れや畑の世話など楽しみながらくらしたいのが人情ですよ。
それをさせないように、よりつけないようにさせているのは誰であったか、気がつきませんか。あなたは今の今まで、自分は被害者と思いこんでおられたでしょうが、実は被害者はあなたではなくてご主人であったことにお気づきなさい。
゛加害者は自分であった゛と立場を一変してごらんなさい。主人はもともとそんな不自然な生活など、望んでおられませんから、一ぺんに変わられますよ。おばあちゃん、今からでも決して遅くないですよ。本当の夫婦におなりなさい」とじゅんじゅんとお話したのであります。
だんだんと目がうるんで来て、私の話をじっときき入っておられたおばあちゃんが、ポロポロと涙をこぼしはじめられ、「ハァーそうでごさんしたナー。今の今まで私がわるいなどと夢にも思ったことはありませなんだ。このクサレ親爺(おやじ)め、とっと死にやがったら、こんなつらい想いをせんでもすむのに…と今思うと恐ろしいことを考えておりました」といいながら、泣き付してしまわれ、さすがに気の強いおばあちゃんも肩をゆすって大声をあげて泣き出されました。
私も泣きながら、「あーこれがおばあちゃんの本当の姿だ」と合掌し拝ませて頂いておりますとしばらくして泣きやみ、涙をふいて「先生、どうもありがとうございました」とていねいに御礼をいって帰っていかれたのであります。
翌朝、早朝神想観に御嫁さんが自転車で飛んできて、「昨日は母がありがとうございました。あれからバスにのって帰る途中から、三年も病院に通い、どんなにしても治らなかった頑固な神経痛がケロリと治って痛くないと申します。また石臼をかぶったようで目をあけておられない程の頭痛もスッカリ消えたというのであります。さっそくお礼に上りたいが、今朝いったらよく御礼を申してくれるようにとのことでありました。本当にありがとうございました」とお喜びになったのであります。
神経痛は心の不調和が元で、恨みや憎みの感情で誰かと争っているときに、心の影として現われる病気であると谷口雅春先生はお教え下さっています。
また頭の病気は目上の人、つまり上司とか親とか、夫とか尊敬し立てなければならない人を、立てず尊敬しないでいると出る病気だとお教え下さいます。
このおばあちゃんなど典型的な症状であります。おじいちゃんの若い二号騒ぎも間もなく解消して平和な家庭となったのであります。
藤原敏之 著 「すべてを癒す道」人生は神生なり(完)