←今朝
8時半。
ぴんぽーーーーん!
やってきたのは
丸テーブル、ちゃぶ台です。
注文を受けてからの
製作だったので、
2週間ほど待ちました?!
ようこそようこそ?
これね
普通の丸テーブルじゃないんだよ。
横からみると…
脚がいっぱい!クラゲみたい!
実は
下から
一回り小さい丸テーブルが
こんにちは!
おだんご型!
さらに
もう一つ
ぐいっ ぐいっ
こんにちは!
いもむしさん型!
3つの丸が
合わさったデザインのテーブルなんです!
人数に合わせて
開いたり、閉じたり。
高野木工という会社の
バルーンというテーブルです。
ちゃぶ台、といえば
ええ?い!
と
ひっくり返されるイメージですが
重い
のと
ひっくり返されにくいデザイン
により
家内安全を推進する家具と
なっております。
私も
わくわくしましたが
息子は
もっとわくわくしてました。
これ (・ェ・)
アスレチックだよね!?
…家内安全、危うし!!!
←えのキングブログ114号
こんにちは。
えのキングです。
えのキング、
久しぶりに
泣きました。
恥ずかしいのですが
テレビの映画を見て泣きました。
金曜映画劇場
「ALWAYS 三丁目の夕日が丘」
を見て泣きました。
昭和33年の
東京の下町を舞台とし、
夕日町三丁目に
暮らす人々の
温かな交流を描くドラマです。
えのキングが
昭和38年生まれ
なので
幼いころの
昭和の生活を思い出します。
黒電話
電話の音が、
風情がありました。
白黒テレビ
えのキングの家には、なかったので
となりのおばちゃん家で見てました。
近所のみんなが集まって見てました。
三輪自動車
えのキングが幼いころ
道路で走っていたの
覚えています。
ランニングシャツの
子どもたち
そういえば、えのキングも
毎日白のランニングシャツで
過ごしていました。
当時のえのキングは、
ランニングシャツの
ガキ大将でした。
映画に出てくる
昭和の風景は
ノスタルジーな感じが
とても心地よかったです。
昭和30年代は
日本が戦争に負け
みんな必死に
生きていました。
みんな幸せになりたい
みんな豊かになりたいと
夢を追いかけていた時代でした。
活気がありました。
そこから、高度経済成長期が
はじまります。
何もない時代でしたが、
夢と希望がありました。
えのキングの家は、
裕福な家ではありませんでした。
世の中が勢いがある時期に
親父は、大きな交通事故を起こし
身体障害者となり、
長く入院生活してました。
おふくろは、付き添い生活で
小学校時代の半分は、じいちゃんに
育てれました。
じいちゃんの作った
のびたインスタントラーメンが
とても嫌だったけど
仕方なく食べていました。
でも、あまり悲しいとは
思いませんでした。
何もなかったけど、家族は
必死に生きていたような
気がします。
えのキングが泣いたシーンは
本当は大切な存在で
放したくないし、離れたくないのに
自分が憎まれようとも
心を鬼にして、
大切な存在を
突き放すシーンでした。
大切だからこそ、
強く生き抜いて
欲しいために
相手のために
自分の気持ちを押し殺す姿に
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